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日々のよしなしごと

英国ミステリードラマの世界 その2

前回はたまたまITV制作のドラマばかりでしたので、今回はBBC制作ドラマをご紹介します。英国ミステリードラマに一般的に言えることですが、殺人手法や死体描写、検死解剖などグロテスクなものが少なくありません。『相棒』や『科捜研の女』など人畜無害な日本のドラマを見慣れた目には衝撃的ですが、それも作品の奥深さを極める重要な要素です。もちろん視聴年齢制限が設定されているので安心です。

 

今回ご紹介するうち、最初の3本はこのようなグロさ横溢する作品です。

 

『刑事ジョン・ルーサー』 Luther

BBC制作。5シーズン全20作制作されましたが、NHK BSPではシーズン1〜4までの計16作が放送されています。

 

ロンドン警察の主任警部ジョン・ルーサー(イドリス・エルバ)と凶悪な殺人者で天才物理学者アリス・モーガン(ルース・ウィルソン)の絡みで展開されるストーリー。主人公ルーサーは精神的に不安定なところがあります。サイコパスのアリス・モーガンは両親殺害容疑で逮捕されますが、証拠不十分で釈放、ほぼ完全犯罪です。ルーサーとモーガンは当初は対峙する関係ですが、シリーズが進むにつれ奇妙な親近感が生まれ、犯罪捜査に協力的になります。個性が際立つ2人の絡み合いが見ものです。ルース・ウィルソンの謎めいた狂気を漂わせる不思議な存在感が魅力です。個人的には『刑事フォイル』に次いで2番目に好きな作品、オススメです。シーズン5の4作と映画化された『刑事ジョン・ルーサー:フォールン・サン』は観ていません。

 

『リッパー・ストリート』 Ripper Street

BBC制作。正体不明の連続殺人犯「切り裂きジャック」が犯行を繰り返したイースト・ロンドンのホワイトチャペルを舞台にしたドラマ。全5シリーズ、37話制作されました。日本での放送はありませんが、prime video で全話観ることができます。

 

悪名高い切り裂きジャックの最後の事件から5ヶ月後の1889年4月から物語は始まります。ホワイトチャペルのH署が舞台で、実際に事件捜査にあたったフレデリック・アバーライン警部も登場します。

 

このドラマの魅力は、エドモンド・リード警部補(マシュー・マクファディーン)、ベネット・ドレイク巡査部長(のちに警部補)(ジェローム・フリン)、ホーマー・ジャクソン大尉(アダム・ローゼンバーグ)、スーザン・ハート(本名ケイトリン・スウィフト・ジャッジ)(マイアンナ・バーリング)の4人の登場人物の個性が際立っていることです。それぞれ卓越した能力を有しながら欠点も持ち合わせる多面的な人間として描かれています。物語は彼らのプライベートな人生をサブ・ストーリーに、1話完結のメイン・ストーリーとなる犯罪捜査がテーマです。

 

19世紀末、ヴィクトリア朝時代のロンドン・イーストエンドの風景が生々しく描写され、主役たちのリアリティあふれる演技で説得力のある捜査番組となっています。破天荒な筋書きもありますが許容範囲です。最終話でスーザン・ハートが渡米旅費を稼ぐため大阪から輸入された高価な陶磁器(伊万里焼?)3個を盗み出す際に、夜警2人を殺した罪で死刑になります(ネタバレ)が、英国ドラマには時折、日本へのリスペクトが感じられるのは気のせいでしょうか。惹き込まれること必定、オススメです。

 

『ホワイトチャペル 終わりなき殺意』 Whitechapel

BBC放映、第2シリーズ以降はITV。こちらもロンドンのイーストエンド、ホワイトチャペルが舞台の猟奇的な警察ドラマ。全4シリーズ、18話が制作されましたが、日本で放送はありません。prime video で観ることができます。

 

第1シリーズは切り裂きジャックの殺人を再現した現代の模倣犯、第2シリーズはクレイの双子(ロナルドとレジナルド)の模倣犯を登場させ、それ以降も歴史的な猟奇事件をなぞらえた怪奇でホラーなストーリー仕立てになっています。

 

メインキャストは、ジョセフ・チャンドラー警部補(ルパート・ペンリー)、レイ・マイルズ巡査部長(フィル・デイビス)、エドワード・バッカン(スティーブ・ペンバートン)など。エリート警察官僚のチャンドラー警部補は、昇進前の最終ステップとしてメンターのアンダーソン警視監(アレックス・ジェニングス)からホワイトチャペル署赴任を命じられます。担当する難事件を犯罪史研究家のエドワード・バッカンのアドバイスで追及していきますが、どの事件も追い詰めた犯人の死で終わり、犯人逮捕に繋がらないので警察内部の評価は高まりません。冒頭は荒くれ者の現場巡査との葛藤などもあり期待が高まりますが、その後物語は不気味で怪奇な展開に終始し、人物描写や人間関係の表現が深まることなく残念です。せっかく高級警察官僚を登場させたのだから警察組織内の権力闘争などを描けば、もっと興味深い作品に仕上がったと思います。このドラマでも主人公が恋人役の精神科医とテイクアウトの寿司を割り箸で食べるシーンがあり、ちょっとだけですが日本が登場します。

 

『ミステリー in パラダイス』 Death in Paradise

BBC制作。今年(2023年)2月時点で全12シリーズ、98話制作されている現在継続中のミステリードラマです。日本では地上波、BSの放送はなく、CSのAXNミステリーチャンネルで放送されています。prime video などでも観ることができます。2011年の放送開始以来、主要キャストを刷新しながらも変わらぬ人気で継続している長寿ドラマです。

 

カリブ海の架空の島セント・マリー島を舞台に、イギリス本土から赴任した4代の警部補を中心にオノレー署警察官たちが一丸となって犯罪捜査にあたる1話完結型のドラマです。冒頭に殺人事件が発生したあと、場違いで能天気なカリビアン・スカのオープニングテーマ "You're Wondering Now" が流れて物語が始まります。小さな島でこんなにたくさんの殺人事件が起きたら、住民が逃げ出して誰もいなくなってしまうのではないかと心配になる程です。コメディータッチで展開する物語の最後は、アガサ・クリスティーばりに一箇所に容疑者全員を集めて謎解きを披露し、犯人を特定するフーダニット(whodunit)型の本格的ミステリーです。主人公が4人も入れ替わり、脇役陣も変容するにも拘らず高い人気を保持し続けているのは、オーソドックスなミステリーだからでしょう。

 

前記3作品などグロい犯罪ドラマを観たあとに、殺人事件を扱いながらもどこかほのぼのと明るいこの作品を一種の清涼剤として観ることをお勧めします。私自身も全作制覇しているわけでなく、現在進行形で楽しんでいます。

 

 

以上、4作品をご紹介しましたが、英国ミステリーの登場人物は古畑任三郎杉下右京のような完全無欠型でなく、欠点や弱点を持った屈折した人間です。それが物語に陰影を与えて、興味深く見応えあるものにしているのではないでしょうか。

英国ミステリードラマの世界 その1

NFLシーズンオフの時間消化は英国ミステリーを視聴しています。以前は、NHK BSPで観るのがもっぱらでしたが、最近は prime video やBS11でも無料で観ることができるようになり助かります。

 

英国ミステリーは、主に公共放送のBBCと民放のITVが制作しており、どちらも甲乙つけがたい出来栄えです。共通して言えるのは、主人公や脇役の個性が際立ち、人物描写が秀逸で視聴者が思わず引き込まれてしまうことです。以下は私が面白いと思ったドラマです。3回に分けてご紹介します。

 

『刑事フォイル』 Foyle's War

ITV制作。第二次世界大戦中のイギリス南部の海沿いの町ヘイスティングスを舞台に、警視正クリストファー・フォイルと巡査部長ポール・ミルナー、運転手サマンサ・”サム”・スチュアートが数々の事件捜査にあたる姿を描いた傑作ドラマシリーズです。NHK BSPで日本語吹き替え版が放送された際には、サマンサ・スチュアートを声優の山根舞さんが担当しましたが、人物像にぴったりの声質で印象に残りました。

 

脚本は、近年の推理小説界の巨匠アンソニーホロヴィッツが担当。ホロヴィッツの代表作『カササギ殺人事件』 Magpie Murders は、世界中でベストセラーになっています。

 

この作品が私のイチオシです。なによりも主人公フォイルの物静かで謙虚な英国紳士ぶりが魅力、脇役の2人も棘のない穏やかな性格に描かれています。物語は静かな田舎町で発生する事件を淡々と描写しており、ミステリーにも拘らずある種の詩情、哀愁が漂う作品になっています。ミステリードラマ史上、最高傑作だと思います。

 

名探偵ポワロAgatha Christie's Poirot

ITV制作。ご存じアガサ・クリスティー原作、名探偵エルキュール・ポワロを主人公としたテレビドラマ。NHK BSPで繰り返し放映されている名作です。1989年から24年間で全70話が制作されましたが、全作品を何度も観ています。

 

ミステリーファンなのでもちろんアガサ・クリスティーは全作読んでいますが、原作に忠実にドラマ化されているのがこのシリーズの魅了。主人公ポワロを演じたデヴィッド・スーシェの姿がもはやエルキュール・ポワロそのものと定着しています。原作に忠実なことは『ナイル殺人事件』を観ると分かりやすい。同名の映画(1978年版)がありますが、配役こそ違えストーリー展開はまったく同じ、どちらも原作に忠実に制作されていることがわかります。

 

『主任警部モース』 Inspector Morse

ITV制作。イギリスの推理作家コリン・デクスターの『警部モース』シリーズを原作としてドラマ化されました。8シリーズ全33話制作されましたが、日本ではNHK BSPで9作品(第1〜5話、第7話、第29〜31話)だけが放映されました。比較的地味な作品で、あまり強い印象はありません。

 

『刑事モース 〜オックスフォード事件簿〜』 Endeavour

ITV制作。刑事ドラマ『警部モース』からのスピンアウトで、主人公モースの若かりし頃、オックスフォード市警の犯罪捜査課の巡査になったばかりの頃(1960年代後半)を描いています。2012年のパイロット版から2021年の第8シリーズまで全33話が制作されていますが、日本ではNHK BSPでパイロット版と第1〜5シリーズの17話が放送されています。Endeavourはモースの名前(Endeavour Morse)です。NHK BSPでは『主任警部モース』より先に放映されたので本編の『主任警部モース』よりこちらの方が印象が強く、面白かったように思います。

 

主演はショーン・エヴァンズ、モースの上司でメンター的役割のベテラン捜査官フレッド・サーズデイ警部補(ロジャー・アラム)が登場し、駆け出しのモースを支えます。犯罪捜査の謎解きとともに、モースの身の上に起こる様々な境遇の変化が見どころです。

 

 

今回は代表的な英国ミステリードラマを紹介しました。図らずもITV作品ばかりになりましたが、BBCを含め英国ミステリードラマは登場人物の個性と舞台背景が丁寧に描かれ、映画と遜色ないレベルに仕上がっているところが魅力です。

 

このようなミステリードラマは、CSのWOWOWやAXNミステリーの方がより多く視聴できますが、年金生活者なので追加コスト負担のないBSとprime video で見られる範囲に限定しています。

 

Magpie Murders by Anthony Horowitz

サンデータイムズ戦後ミステリ100選

NFLシーズンが終わったのでミステリーファンに戻り、Sunday Times 100 best crime novels and thrillers since 1945 の読書に舞い戻ってきました。子供の頃からミステリー好きでコナン・ドイルアガサ・クリスティ、G.K.チェスタトンエラリー・クイーンなどの海外ミステリーの古典に親しんできました。最近は読書量もぐっと少なくなって、気が向いたときに暇つぶしに読む程度ですが、そんなときの目安にしているのがこのリストです。

 

2019年5月11日にタイムズの日曜版チームが選定したこのリストには、アガサ・クリスティジョルジュ・シムノンから最近の北欧や日本の先端作品まで100冊が選定されています。なかには、グレアム・グリーン『第三の男』、フレデリック・フォーサイスジャッカルの日』、イアン・フレミングカジノ・ロワイヤル』、トマス・ハリス羊たちの沈黙』、ジェイムズ・エルロイLAコンフィデンシャル』、フェルディナント・フォン・シーラッハ『コリーニ事件』など映画化されてそれで見た作品や、ウンベルト・エーコ薔薇の名前』、トム・クランシー『レッドオクトーバーを追え』、スティーグ・ラーソンドラゴン・タトゥーの女』など発刊当時に評判になったので既読の作品(映画も見ています)もありますが、多くは知らない作品です。

 

私は、2002年頃からペーパーバックを読むのを趣味としていて、J.R.R. トールキンの『ロード・オブ・ザ・リング』三部作をはじめこれまで100冊以上を読んでいますが、Kazuo Ishiguro  "The Remains of the Day" などを除き、そのほとんどはミステリーです。現在は年金生活者なので読書に費やするお金は極力節約したいと考えており、ほとんど全てを横浜市立図書館の蔵書に依存しています。上記100選を読むにあたって選択の優先順は次のとおりです。

① 原作のペーパーバック(原書)が図書館にある場合はそれを優先(横浜市は国際都市なのでかなりの量のペーパーバックを所蔵しています)

② ペーパーバックがなく、翻訳本が所蔵されている場合はそれを選択

③ 原書・翻訳本とも所属されていないが同じ作家の別の本が見つかった場合は、極力類似する作品(例:同じシリーズ、発表日付が近い)を選択、その場合も原書>翻訳本の順で選択

④ 同一作家の本が全く見つからない場合は、やむをえず Amazon で原書(Kindle)購入(100選のうち22冊は未訳です)

このようにしてこれまでほぼ半分の作品を制覇しました。原書を優先するのは、やはり臨場感が違うからです。

 

同時代作品

表題のMagpie Murders (訳題『カササギ殺人事件』)は、「このミステリーがすごい!2019」で1位、「本格ミステリベスト10」でも1位となった作品です。「なのに」なのか、「だから」なのかはわかりませんが、原書のペーパーバックはこれまで誰も借りた形跡がありませんでした(ラッキー!)。

 

ニューヨーク・タイムズの表現を借りれば  "a double puzzle" 、デイリーミラーの表現を借りれば "multi-layered thriller" の凝った作りです。フォントだけでも4種類、手書きを含めれば5種類?使っています(詳細は読んでのお楽しみ)。

 

作者のアンソニーホロヴィッツはご存知の方も多いと思いますが、イギリスの小説家・脚本家で、私自身が好んで視聴するテレビドラマの『名探偵ポワロ』『バーナビー警部』『刑事フォイル』(私の一番好きなBBCミステリー)などを手掛けたことで知られています。この小説の中でも自身の作品があちこちで言及されており、登場人物が飲むウイスキーの銘柄など共通点が多いので、"whodunit" としては普通の出来上がりですが、同時代人(年齢は私より5歳下)として共感できるところの多い作品に仕上がっています。お勧めです。